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東京地方裁判所 昭和60年(ワ)1656号 判決

原告(反訴被告)

鈴木貴洋

被告(反訴原告)

松本武二

主文

原告(反訴被告)の被告(反訴原告)に対する、別紙目録記載の交通事故に基づく損害賠償債務は存在しないことを確認する。

被告(反訴原告)の反訴請求を棄却する。

訴訟費用は、本訴反訴を通じ被告(反訴原告)の負担とする。

事実

第一申立

一  本訴請求の趣旨

1  主文一項同旨

2  本訴訴訟費用は被告(反訴原告、以下単に「被告」という。)の負担とする。

二  本訴請求の趣旨に対する答弁

1  原告(反訴被告、以下単に「原告」という。)の請求を棄却する。

2  本訴訴訟費用は原告の負担とする。

三  反訴請求の趣旨

1  原告は、被告に対し、二〇〇万円を支払え。

2  反訴訴訟費用は原告の負担とする。

3  仮執行宣言

四  反訴請求の趣旨に対する答弁

1  主文二項同旨

2  反訴訴訟費用は被告の負担とする。

第二主張

一  本訴請求原因

1  事故の発生

別紙目録記載のとおり

2  責任原因

原告は、加害車を自己のために運行の用に供していた者で、あるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条による責任がある。

3  被告の受傷状況

(一) 被告は、本件事故により頚椎捻挫の傷害を受けたとして、西武沼袋病院に昭和五九年四月二六日から同年八月一五日まで入院し、同月一六日から同年一一月二日まで通院し(実治療日数五〇日)、治療を受けた。

(二) しかし、本件事故には次のような疑問がある。

本件事故は、原告が時速約三〇キロメートルという低速で走行し、かつ、急制動し減速した後の事故である。このため被害車は後部バンパーが凹損した程度の損傷を受けたに過ぎず、その修理費も六万四八〇〇円と軽微である。また、加害車も前部バンパーが凹損した程度での損害が生じたに過ぎず、その修理費は八万八三八〇円と軽微である。したがつて、本件事故時の加害車の速度、双方の車両の損傷の程度からみて、衝突時の衝撃は小さく、本件事故により被告が長期入院を要するほどの傷害を受けることは考えられない。本件事故時被害車には後部座席に五〇歳くらいの女性が乗車していたが、同女からは何の訴えもない。また、被告は、数社の保険会社の保険に加入し、本件事故により入院加療中はその入院給付金を受領している。

4  弁済

原告は、被告の要求にしたがい、既に損害賠償金として、合計三六二万三七九七円を支払つた。

5  他の交通事故の寄与

被告は、本件事故の前年である昭和五八年二月一八日にも、交通事故(追突されたもの)により、頚椎捻挫の傷害を受け、本件事故と同じ西武沼袋病院に同月一九日から同年六月一五日まで一一七日間入院し、同月一六日から同年八月二二日まで通院した(実治療日数四八日)。そして、被告は自賠法施行令二条別表後遺障害等級表一四級一〇号の後遺障害の認定を受けている(以下「前回の事故」という。)。この事故が、本件事故における被告の傷害の程度に影響を与えているのであり、この点を損害額算定について斟酌すべきである。

6  確認の利益

(一) 前記のように、被告には前記のような長期の治療を受ける必要はなく、少なくとも、前回の事故による頚椎捻挫の受傷による後遺障害の影響により、加療が長期化したことを考慮すると、原告は、被告に対し、本件事故による損害賠償金は、全額支払ずみである。

(二) それにもかかわらず、被告は、更に、原告に対し、本件事故による損害賠償金の支払を求めている。

よつて、原告は、原告の被告に対する、本件事故による損害賠償金債務が存在しないことの確認を求める。

二  本訴請求原因に対する認否

1  請求原因1(事故の発生)及び同2(責任原因)の事実は認める。

2  同3(被告の受傷状況)の事実中、(一)は認める。但し、被告は、その後も、西武沼袋病院に昭和五九年一一月三日から同年一二月三日まで通院している。(二)は否認する。

3  同4(弁済)の事実は認める。

4  同5(他の交通事故の寄与)の事実は否認する。

5  同6(確認の利益)の事実中、(一)は否認し、(二)は認める。

三  本訴請求に対する抗弁及び反訴請求原因

1  事故の発生、責任原因

事故の発生、責任原因は、請求原因1及び2記載のとおりである。

2  被告の受傷状況

被告の受傷状況は、請求原因3記載の他、その後も、西武沼袋病院に昭和五九年一一月三日から同年一二月三日まで通院している。

3  損害

(一) 治療費 一六六万六五〇〇円

西武沼袋病院に入通院した治療費である。

(二) 入通院慰藉料 七五万四八〇〇円

入院期間一一二日間の慰藉料三八万〇八〇〇円(一日当たり三四〇〇円)及び通院期間一一〇日間(一二月三日まで)の慰藉料三七万四〇〇〇円(一日当たり三四〇〇円)の合計である。

(三) 特別加算慰藉料 七八万八二四七円

本件事故は、原告が飲酒運転したうえ被害車に追突したという一〇〇パーセントの過失によるもので、故意に等しい悪質なものであり、本件事故後も一度も謝罪をしていない等不誠実な態度を続けており、被告の精神的苦痛を慰藉するためには通常の慰藉料の他前記金額を加算すべきである。

(四) 休業損害 二四一万四二五〇円

原告は、本件事故当時、城西タクシー株式会社において運転手として就労していたものであるが、本件事故のため本件事故当日である昭和五九年四月二六日から同年一二月三日までの二二二日間休業し、一日当たりの賃金は一万〇八七五円であつたから右期間の休業損害は右金額である。

(五) 損害のてん補 三六二万三七九七円

請求原因4(弁済)の事実のとおり三六二万三七九七円の支払を受けている。

(六) 合計 二〇〇万円

よつて、被告は、原告に対し、右損害金二〇〇万円の支払を求める。

四  本訴請求に対する抗弁及び反訴請求原因に対する認否

1  本訴請求に対する抗弁及び反訴請求原因1(事故の発生、責任原因)の事実は認める。

2  同2(被告の受傷状況)の事実中、西武沼袋病院に昭和五九年一一月三日から同年一二月三日まで通院していることは否認し、その余は認める。

3  同3(損害)の事実中、(四)(休業損害)のうち被告の本件事故当時の一日当たりの賃金は一万〇八七五円であつたこと、(五)(損害のてん補)、すなわち、請求原因四(弁済)の事実のとおり被告が三六二万三七九七円の支払を受けていることは認め、その余は否認する。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  まず、原告の反訴請求(本訴請求に対する抗弁)について判断する。

1  反訴請求原因(本訴請求に対する抗弁)1(事故の発生、責任原因)の事実、すなわち本訴請求原因1(事故の発生)事実及び同2(責任原因)の事実はいずれも当事者間に争いがない。そうすると、原告は、被告の後記損害を賠償すべき責任がある。

2(一)  反訴請求原因(本訴請求に対する抗弁)2(被告の受傷状況)の事実、すなわち本訴請求原因3(被告の受傷状況)の事実中、被告は、本件事故により頚椎捻挫の傷害を受けたとして、西武沼袋病院に昭和五九年四月二六日から同年八月一五日まで一一二日間入院し、同月一六日から同年一一月二日まで通院し(実治療日数五〇日)、治病を受けたことは当事者間に争いがない。そして、成立に争いのない乙四号証及び被告本人尋問の結果によれば、被告は、その後も、西武沼袋病院に頚椎捻挫後遺症という病名で昭和五九年一一月一三日から同年一二月三日まで通院している(実通院日数一一日)ことが認められる。

しかし、右のように同年一一月一三日から一二月三日まで通院している(実通院日数一一日)ことが認められるものの、成立に争いのない甲一五号証によれば、被告は、昭和五九年一一月二日に症状固定したことが認められ、その後の通院は、その治療内容も明確でなく、症状固定日以後の治療について特段の必要性の窺われる証拠はないので、その治療の必要性があるとは認めるに足りないというべきである。(被告は、原告の加入していた自動車保険の担当者から、示談にするから自動車保険で治療を受けるのをやめるように言われたため、前同日一旦治療をやめ、その後は、健康保険で治療を受けた旨供述し、西武沼袋病院の医師中村博重作成の診断書(甲二号証の一)には、昭和五九年一一月二日に中止との記載があるが、同人作成の本件事故の自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書(甲一五号証)には、前同日に症状固定との記載があり、同人作成の証明書と題する書面(乙四号証)には、昭和五九年一一月一三日からの通院は頚捻挫後遺症によるものであると記載されており(後遺症という記載は症状固定後のものである。)、右各証拠からみて被告の供述等は措信できない。)。

(二)  ところで、被告は、本件事故は軽微であり、双方の車両の傷害の程度からみて、衝突時の衝撃は小さく、本件事故により被告が長期入院を要するほどの傷害を受けることは考えられず、本件事故時被害車には後部座席に五〇歳くらいの女性が乗車していたが、同女からは何の訴えもなく、被告は、数社の保険会社の保険に加入し、本件事故により入院加療中はその保険金を受領していると主張し、その受傷内容に疑問を示しているのでこれについて判断する。

成立に争いのない甲一一号証から一三号証まで、証人高橋徹の証言及び被告本人尋問の結果によれば、本件事故による両車両の破損の程度は、被害車は後部バンパーが凹損した程度の損傷を受けたに過ぎず、その修理費も六万四八〇〇円と軽微であること、加害車も前部バンパーが凹損した程度での損傷が生じたに過ぎず、その修理費は、八万八三八〇円と軽微であること、本件事故時被害車には後部座席に五〇歳くらいの女性が乗車していたが、同女からは何の訴えもないことが認められるが、右の事実のみから、直ちに被告の傷害の状態が軽微であるはずであるともいいきれない。

しかし、原本の存在、成立ともに争いのない甲二号証から八号証までの各一、二、第一〇号証及び一五号証によれば、被告の入院当初の治療状況は、入院時には酸素吸入をし、点滴等の治療をし、ハイネックの固定をし、(二週間で取り外した。)、内服薬、皮下注射、静脈注射等の治療を受け、五月になるとその後マイクロウエーブなどの治療が加わつたが、それから入院時、通院時を問わず、内服薬、外用薬、静脈注射、マイクロウエーブ治療がほぼ症状因定の日まで続いていたことが認められるが、右の治療内容からみて、被告の症状が他覚所見に乏しいこととあいまつて、なぜこのように長期の入院が必要とされたのかは、必ずしも明確でなく、原本の存在、成立ともに争いのない甲九号証の一から五まで、証人高橋徹の証言及び被告本人尋問の結果によれば、被告は、本件事故当時安田生命、日本生命、簡易保険、勤務先会社のグループ保険の四種の保険に加入しており、右各保険には、最長一二〇日間を限度とする入院給付金を支払う旨の条項があり(簡易保険一万五〇〇〇円、グループ保険六〇〇〇円、安田生命及び日本生命各五〇〇〇円)被告は、本件事故により入院支給金の支払い期間の上限に近い一一二日間入院したので、入院給付金の支給を受けたが、前回の事故のときも給付を受けていたため、安田生命とは掛金の返還を受け解約し、日本生命からは、規定の半分程度の支給しか受けられなかつたこと、本件事故の前年である昭和五八年二月一八日にも、交通事故(追突されたもの)により、頚椎捻挫の傷害を受けたが、この事故の際も、被告は、同様に安田生命、日本生命、簡易保険、勤務先会社のグループ保険の四種の保険に加入しており、本件事故と同じ西武沼袋病院に同月一九日から同年六月一五日まで入院支給金の支払い期間の上限に近い一一七日間入院し、同月一六日から同年八月二二日まで通院した(実通院日数四八日)ことが認められ、この点からみても、被告の治療内容に疑問がないでもない。

しかし、治療の必要性があることを覆すとまでいうこともできないので、この点は、慰藉料算定の際斟酌することとする(前回の事故の後遺障害については、その寄与度について後述する。)。

3  反訴請求原因(本訴請求に対する抗弁)3(損害)について判断する。

(一)  治療費 一六六万六五〇〇円

前掲甲二号証から六号証までの各二によれば、被告の、本件事故により昭和五九年四月二六日から原告が責任を負うべき同年一一月二日まで西武沼袋病院に入院したことによる治療費は、被告主張の右金額を超えることが認められる。

(二)  入通院慰藉料 六五万円

被告の、前記のような傷害の内容、治療の経緯その他本件訴訟にあらわれた諸般の事情を考慮すると、同人の精神的苦痛を慰藉するための慰藉料としては、被告の主張する特別加算慰藉料も含めて右金額が相当である。

(三)  休業損害 一七三万三四七五円

成立に争いのない乙一、二号証及び被告本人尋問の結果によれば、被告は、本件事故当時、城西タクシー株式会社において運転手として就労していたものであるが、本件事故のため本件事故当日である昭和五九年四月二六日から同年一二月三日までの二二二日間休業したことが認められ、一日当たりの賃金は一万〇八七五円であつたことは、当事者間に争いがない。前記のように、原告が責任を負うべき期間は、同年一一月二日までの一九一日間であり、前記認定の諸事情に鑑み、入院期間中の一一二日間はその全額、退院後の七九日間は平均してその六割を本件事故と相当因果関係がある休業損害とするのが相当と認められるから、次の計算式により、右期間の休業損害は右金額である。

(計算式)

一万〇八七五円×一一二+一万〇八七五円×〇・九×七九=一七三万三四七五円

小計 四〇四万九九七五円

(四)  前回の事故の寄与度

前認定のように、被告は、本件事故の前年である昭和五八年二月一八日にも、交通事故(追突されたもの)により、頚椎捻挫の傷害を受け、本件事故と同じ西武沼袋病院に同月一九日から同年六月一五日まで一一七日間入院し、同月一六日から同年八月二二日まで通院した(実通院日数四八日)ものであり、前掲甲一五号証、成立に争いのない一四号証及び被告本人尋問の結果によれば、その事故につき、被告は昭和五八月八月二二日症状固定したが、両手指尺骨側のシビレ感、違和感が残り、両背筋、頸筋に緊張感があるとして、自賠法施行令二条別表後遺障害等級表一四級一〇号の後遺障害の認定を受けていることが認められ、右の後遺障害は本件事故の症状にも影響を受けていることは否定することができない。

第一の交通事故に続いて第二の交通事故にあつた者が、第一の事故による傷害のため、通常生ずべき損害より更に重大な損害を受けたときは、損害賠償の公平な負担の見地から、その増大した損害について、第一の事故による影響を斟酌し、それが寄与する程度に応じて損害を減額するのが相当であるところ、本件においては、前回の事故の症状固定日から本件事故の発生日まで八ケ月足らずしか経過していないことその他本件訴訟にあらわれた一切の事情に鑑み、前回の事故の寄与度は二割とみるのが相当であり、本件事故の加害車である原告は、前記損害額の八割を負担するのが相当である。

そうすると、原告が責任を負うべき原告の損害額は、次の計算式のとおり三二三万九九八〇円となる。

(計算式)

四〇四万九九七五円×〇・八=三二三万九九八〇円

(五)  損害のてん補 三六二万三七九七円

被告が右金員の支払を受けたことは、当事者間に争いがない。そうすると、被告の損害はすべててん補ずみである。

したがつて、その余の点について判断するまでもなく、被告の反訴請求原因(本訴請求に対する抗弁)は理由がない。

二  次いで、原告の本訴請求について判断するに、前認定のように、被告の本件事故による損害は全額てん補ずみであり、原告には被告に対する本件事故による債務は存在しない。また、原告が本件事故による損害は支払いずみであると主張しているにもかかわらず、被告は、更に、原告に対し、本件事故による損害賠償金の支払を求めていることは、反訴請求から明らかである。そうすると、原告の被告に対する本件事故による債務は存在しないことの確認を求める本訴請求は、理由がある。

三  以上のとおり、原告の本訴請求は理由があるから認容し、被告の反訴請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 宮川博史)

目録

(一) 日時 昭和五九年四月二六日午前八時五〇分ころ

(二) 場所 東京都新宿区中井二丁目二四番地九号先路上(以下「本件事故現場」という。)

(三) 加害車 普通乗用自動車(練馬五八み二八六二)

(四) 右運転者 原告

(五) 被害車 普通乗用自動車(練馬五五を八〇九四)

(六) 右運転者 被告

(七) 事故の態様 原告は、加害車を運転し、被害車に追従して、走行していたが、本件事故の前方横断歩道を横断する歩行者がいたため、被害車が停止した。原告は、被害車が停止したのに気付き急制動の措置を講じたが及ばず、加害車前部を被害車後部に衝突させた(以下「本件事故」という。)。

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